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色気より食い気。

【舞台】譲れない思い。


舞台に懸ける思い。

先日ある舞台を観る機会を得て、その舞台に対して憤りを覚えながら家路についたここの人です。


舞台の評価については正直なところ、わかり兼ねます。

測られるのは、

  • 個人的な好み
  • 大人の事情

によるところが大きいのではと思ってしまいます。


そのため、わたしがある舞台を観て感じた憤りは別の方にとっては全く違う受けとめになるのかと。

自分としては役どころがあれば、その性根は掴んで臨みたいと思っています。

例えば地方出の役が都会的なのは、どうなのかなとか。

貧している設定なのに豊かな感じがする、とか。

もちろん逆もありです。


そういう役の性根を掴もうとしても掴みきれないところは否めない、と思いながらも。

その役に近づいていこうとする作業が(ジャンルは違っても)自分にとっては舞台に懸ける作業として、

もっとも大切なこと、です。

この掴もうとする思いが熱量となって舞台から放射される、

のですが時に舞台と客席に温度差が感じられることがあって。

自分は時々、客席に座るお客さんを置いてけぼりにしていることがあるような気がして。

これには注意しなければなりません。


ひとりよがりになってはいけないと、

これは世阿弥の言葉「離見の見」にも表されている、かと。


すこし話が逸れてしまいましたが舞台に立つにあたっては、

そういう熱さと客観的に見つめる冷静さを忘れてはいけないと。


そんなことを改めて考えながら17日の舞台に向けて最終的な準備を進めています。


自分自身を舞台人として恵まれていない、といえばバチが当たりそうですが。

やはり周囲と比べて、なかなか舞台に立つ機会に恵まれなかったり。

そういうことを考えると、ションボリしてしまうことも多々あります。

それでも、

いやそれだから逆に。

年に1度か2度の貴重なチャンスを大切に舞台に立たせてもらおう、と思えます。


そして、その大切な舞台に於いて。

熱心に舞台作りをしてくださる、スタッフの皆さんに心から感謝の気持ちです。


舞台の支度は時によって出番間際のギリギリまで時間が懸かったり。

間に合うのかどうか、と不安を覚えることも、ままあります。

そんな時は自分で自分の腹をくくる意味でも、

「舞台待っとけ」

自分が舞台の袖に着かなければ舞台の幕は上がらないと。


それぐらいの強気で臨まなければ吐きそうになることもあるものの、

それはあくまでその場を乗り切る呪文のようなもので。


舞台の幕は舞台に立つ人間がいれば上がるものではなく、

その脇を固める沢山の存在に支えられて上がるものだって。


そういう感動を舞台の度ごとに味わえる、

なんて幸せなことなんだろう。


その気持ちを忘れることなく丁寧に舞台を務めたいと思います。

一生懸命がんばるという言葉は好きではないのですが。

ふなっしーからは熱を感じるので好ましく思って応援している者です。

いずれはレシピ本でも書籍化してやr
高師直。